水戸地方裁判所 平成4年(ワ)575号 判決
原告
松橋茂(X)
右訴訟代理人弁護士
保田雄太郎
被告
茨城県(Y)
右代表者県知事職務代理者
前田正博
右指定代理人
佐久間政和
同
及川まさえ
同
小林清久
同
荒木憲一
同
鈴木隆久
同
岡部伸二
同
浅浪晃
同
梅原喜久郎
同
宮川絜
同
渡辺光一郎
同
海老沢裕
同
本橋悦郎
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 原告において、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償の請求をなし得るためには、公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて行った特定の違法行為及びその違法行為と相当因果関係によって連結される損害の発生が主張されなければならない。しかしながら、本件においては、原告の主張するところによっては、右違法行為及びこれと相当因果関係を有し得る損害が認められない。
その理由を以下説明する。
1 まず、原告の主張(一)とくに(6)ないし(8)によると、「建築基準法に違反している他の業者に対し、原告に対してなしたのと同様に、速やかに違法建築の掲示及び建物使用禁止の処分をなしていれば、その事実を見聞する原告が第一種住宅専用地域においてカラオケハウスを経営することはなかったのに、それをしなかったため、原告がカラオケハウスを営むことになり、摘発されて営業を廃止せざるを得なくなり、そのため一四〇〇万円の損害を被った」というのであるから、ここで原告が違法行為として特定しているものは、『原告の営業開始の決意以前の他の業者に対する規制権限不行使』であると解される。しかしながら、ある者に対する建築基準法上の規制権限不行使をもって違法行為として捉え得るためには、それが他の者(ここでは原告)の法的に保護されるべき何らかの権利、利益を侵害することがまずもって必要であるが、原告の主張を総合検討しても、原告については、規制権限不行使によって侵害されたといえる法的に保護されるべき右権利、利益が主張されているとはいえない。すなわち、原告としては、被告の知事が規制をしていれば、原告が営業を開始することはなかったといいたいかのようであるが、建築物を建築しようとする者は、そもそも、自らの責任で関係官庁に問い合わせるなりして違法を回避すべきことは当然であり、建築基準法違反の建築が規制を受けずに存在している事態が世上時としてみられるとしても、そのことによって、他の者が違法建築をすることが正当化されることがないのはもとより、他の者が自分も規制を受けないであろうと期待することが法的に保護されるべきものとはいえない。
また、原告は、自己の営業開始があたかも被告による規制権限不行使を原因とするかのようにも主張するが、原告主張の事実経過自体によって、それが原告自身の判断に基づくものであることは明らかであり、被告による違法行為への誘導その他違法と評価し得る行為の主張はない。
2 次に、原告の主張(一)とくに(4)、(5)で、「担当者が必ず他の業者も取り締まると約束したのに、原告が処罰を受けた後七か月以上経っても、他の業者に対する建物使用禁止や建築基準法違反による捜査はなされていない」と主張するところからみると、ここでは原告は、『担当者の発言後の他の業者に対する規制権限不行使』ないしは『同発言後の他の業者に対する規制権限行使の遅延』をもって違法行為としているかのようでもある。しかし、これについても、それが法的に保護されるべきいかなる原告の権利、利益を侵害したというのか明らかでなく、原告の主張を総合してみても、右いずれかの行為によって侵害されたと解する余地のある原告の法的権利、利益の主張がなされているとはいえない。
3 さらに、原告の主張(二)によると、「建築基準法の違反者に対し、公平・平等にその行政権を行使しなければならないのに、原告より一年以上前から営業している違反者がいるのに、その者らに対しは何らの処分をせず、原告だけを取り締まり、告訴した。被告の右不平等な行政権の行使により、原告は自分が他の者と不当に差別されたとの屈辱感を拭うことができない。」というのであるが、規制権限不行使の違法性判断においては、原告の右感情のみをもって法的に保護されるべき権利、利益とみることはできない。
4 原告は、その主張(四)において、「被告から不平等な取扱いをされた」ことに対して慰謝料の講求をしている旨主張する。その趣旨は必ずしも明確でないが、原告の右主張は、以上説示したところに対応する原告の主張と異なり「被告を告発したこと」と「他の業者」を告発しなかったことのどちらかが違法なのではなく、そのような取扱いの差別状態が違法であると主張するもののようである。しかしながら、まず、取扱いを異にする複数の行為間に差別状態があるとして、これを法的に違法と評価し、それによって原告に生じた損害の賠償を求め得るためには、他との対比において、一方の取扱いをする行為が違法であるといえる関係になければならず、かつ、それが原告に損害を生ぜしめたといえる関係にあることが必要であり、両者を一括して漠然と差別状態として違法であり、損害賠償の対象になると断ずることはできない。換言すれば、原告に対する行為と他の業者に対する行為とにつき不平等な取扱いがあるとして、これを違法としてそれによって生じた損害があるとするためには、原告において、あるべき法的利益状態と現実に生じた法的利益状態との差、すなわち、現実の損害が発生している場合でなければならず、ひるがえって、その損害との関係において相当因果関係のある行為が特定される必要がある。これを本件についてみるに、ひっきょうするところ、『他の業者を告発しないのに原告を告発したこと』又は『原告を告発したのに、他の業者を告発しないこと』のいずれかが違法といえて初めて損害賠償請求権を発生させる違法があるといえるのであって、前者は原告の主張しないところであり、後者についての当裁判所の判断は前示のとおりである。
二 そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
(裁判官 松本光一郎)